03-3.状況論との遭遇 ー共同研究者 上野直樹氏との出会いー

  1. 動き続ける空間を読むーエスノグラフィーと状況論ー
  2. 日本の学校教育への違和感ー言語ゲーム論との出会いー
  3. 状況論との遭遇 ー共同研究者 上野直樹氏との出会いー
  4. フィールドワークの視点ー冷蔵倉庫の空間を読むー
  5. フィールドへの溶け込み方ー工場から実験室までー
  6. 分析のプロセスー状況論とは普通の見方ー
  7. 論文にまとめるタイミング ー動いたことは書く!ー
  8. フィールドの見つけ方 ー社会システムとしてのコピー機」ー
  9. 今後の研究テーマ ーエージェンシーと社会・技術的アレンジメントー
  10. 「ハイブリッド状況論」について ー変化し続ける空間を理解するー

私たちは大人になっても老人になっても、仕事場でもコミュニティでも、日々刻々学習をしているのだろうということにきづきました。

ー状況的学習論が、先生のおっしゃることとよく似ていると思うのですが、同じような立場で研究をされている方はいましたか?

川床靖子氏(以下敬称略):私がなんとなく持っていた学校教育への違和感を『こういうことなんじゃないのか』って教えてくれたのが上野直樹さんでした。
上野さんと出会ったのは1990年のちょっと前でしたね。突然『ネパール、行きませんか』って、声をかけてくれたんです(笑)。

※状況的学習論…人々がさまざまな社会的実践に参加すること、そのものが学習だとする考え方
※上野直樹…(日)1950〜2015年。東京都市大学

ーその前にお知り合いではなかったのですか?

川床:私は、87年にカルフォルニア大学サンディエゴ校のマイケル・コールのもとにいたのですけど、コールに『来年は上野さんと佐伯さんがきますよ』って言われたんです。それで初めて上野さんのことを知りました。マイケル・コールについては面白い話があって、上野さんたちが次の年にサンディエゴへ行ったら、マイケル・コールが私のことをこぼしてたって言うんです。当時電子メールはまだ日本ではそんなに普及していなかったのですが、アメリカでは当然のように普及していて、それを川床が使いまくってラボの予算がオーバーしてしまったと、マイクがこぼしていたと言うのです。『ちょっと予算オーバーだから抑えてくれ』って私に直接言えば良いのに何にも言わないで、とにかく好きなだけ使わせてくれたんです。しかも、私が予算オーバーしてしまったせいで、上野さんたちからはお金を取るようになったとか…。
その上野さんが、それ以来、ときどき研究会に誘ってくれるようになり、間もなくして『ネパールに行きませんか』って誘ってくれたのです。それが上野さんと一緒に共同研究する、まさに最初でしたね。上野さんがトヨタ財団から資金を得て始まったプロジェクトでした。ネパールに、まだストリートチルドレンがたくさんいた時代で。ストリートチルドレンというのは、土産物や雑貨、果物やアメをおもに観光客に売りつけてくる子供たちのことですが。その子供たちの”日常の算数”を調査しようということから始まったのです。

※マイケル・コール…(米)1938〜。カリフォルニア大学サンティエゴ校コミュニケーション学部名誉教授。

ー彼らは学校に行ってないですもんね。

川床:そうなんです。でも、日々商売をしながら計算していますからね。『きっと学校で習うのとは違うやり方をしているに違いない』ということで、そういう日常の算数を調査しようとか、『これから科学技術的な内容の教育を途上国ネパールで実施するにはどんなアプローチが可能なのかを調べよう』というような高い目標を持って行ったんですよ。結局、上野さんたちはその方向でだいぶ調査をしたのですが、私は『自分の好きなことをして良い』と言われていたので、農村での農業に従事する人々の暮らしを調査しました。カトマンズ近郊の野菜農家では、”空間”というものを人々がどのように自分のものとして可視化しながら仕事をしているのかがすごくよく分かっておもしろかったです。私は2週間とか1カ月とかそのくらいで引き上げてくるのですけど、上野さんたちは、山奥のタマンという種族の村に2カ月くらい滞在したこともありましたね。上野さんは非常に頭のいい人で、 状況論の考え方を根本から教えてくれました。フィールドからの帰りに、茶店や食堂に寄って、フィールドでの出来事を話し合うのですが、私があまり脈絡なくただ面白かったことを話すと、上野さんが『それは、こういうことじゃないかな』って返してくるその”見方”が素晴らしかったんです。ですから一緒にフィールドワークをすることで、本当に勉強になりました。上野さんも国立教育研究所の出身で、元は教育関係の研究者でしたが、現在の学校教育については、様々な角度から分析し、批判をしていました。先ほど話したような、教育実習現場での私の”違和感”みたいなものも理論的に解析してくれました。そこからですね、私が状況論と繋がったのは。

※カトマンズ近郊の野菜農家…ネパールのティミの農民が、どのようなリソースをどのようなタイミングで読み取り、それを現実の野菜作りにどのように表現しているのかを探ったもの。
彼らは狭い土地にさまざまな野菜を栽培しているが、①土質と水の供給関係、②野菜の需要との関係、③労働力や運搬手段との関係といったさまざまな要素の結果として、1枚の圃場の使い方(区切り方)を工夫しているのが分かる。

ー「学習のエスノグラフィー」第2部 状況に埋め込まれたリテラシー【空間を‘読む’】より

ー「状況に埋め込まれた学習」でも、教育というか学習論から始まってますしね。

川床:そうですね。それまでは学習論というと”対象は子供や生徒”で、”学習といえば学校が舞台”だったのですが、私も上野さんも『そうではない』と考える立場で。つまり、私たちは大人になっても老人になっても、仕事場でもコミュニティでも、日々刻々学習をしているのだと。

川床:上野さんはジーン・レイヴとも親しくしていて、その縁で、私もレイヴを紹介してもらい、家に行ったり、親しくさせてもらったのですが、ある時、三人で話をしていたら、レイヴが思わず感極まったように上野さんのことを『なんたる天才!』って言ったんです。そのくらい上野さんには天才的なひらめきがありましたね。

※「状況に埋め込まれた学習ー正統的周辺参加ー」…1993年 ジーン・レイヴ、エティエンヌ・ウェンガー 著 佐伯胖 訳
※ジーン・レイヴ…(米)文化人類学者

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