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UCI(User Centered Innovation)とは、私たちが掲げて実践する、生活者起点で行う意味的価値創造型のイノベーションです。

INTERVIEW「動き続ける空間を読む −エスノグラフィーと状況論−」

  • 前編:フィールドワーク編
  • 後編:分析編

「動き続ける空間を読む −エスノグラフィーと状況論−」大東文化大学文学部 川床靖子 名誉教授 教育学博士 主な著書:『タンザニアの教育事情  −アフリカにみるもう一つの日本−』『学習のエスノグラフィー  −タンザニア、ネパール、日本の仕事場と学校をフィールドワークする−』『空間のエスノグラフィー  −文化を横断する−』

いわゆる「デザイン思考」では、リサーチは仮説検証(正解選択)のためではなく、仮説創造(問題発見)のために用いられます。
"誰かの日常を知るための方法"がエスノグラフィーだとしたとき、一般的な疑問は2つ。『どうやって、現場に深く入ることができるか』そして『現場から何を気づくのか』ではないでしょうか。
川床靖子先生は教育心理学の立場から出発して、私たちの日常における学習行為を、驚くほど多様な現場のエスノグラフィーを通じて紐解いて来られました。そのイキイキとした記述と状況論に基づく鋭い分析は感動的です。
今回のインタビューではたくさんの疑問をぶつけてしまいましたので、フィールドワークについてと分析についての前・後編に分けて掲載します(後編は10月下旬公開予定)。まず前編は、フィールドワークでの現場への入り方についてお聞きしました。

1.エスノグラフィーを始めたきっかけ −タンザニアとの出会い− 私が『おもしろい!』と思うことを、彼らも同じようにおもしろがる。感覚が似ていることにまず驚いたんです。

----:川床先生は元々教育心理学を専攻されていたとお伺いしていますが、"エスノグラフィー"と題された本をいくつか出されていますね。先生が最初に現在の専門領域に入られた経緯を教えてください。

川床靖子氏(以下敬称略):1989年に「タンザニアの教育事情」という本を書いたのですが、だいたいこの頃から外に出て、エスノグラフィー的なことを始めました。タンザニアの小学校に行ったりね。この頃は、まだ自分は教育関係の人間だという感覚があったので…。

----:なぜタンザニアだったのですか?

川床:初めて行ったのが1984年頃かしら。当時、私はアフリカの国や人々について全く無知で、『自分たちとはまるで違う人間がいるのだろう』くらいに思っていたところがあるんです。でも、アメリカの英語研修に行ったときに出会った2人のタンザニア人が、人間的にも、英語の力も本当に優れた人たちで、彼らと色んな話をするうちに、私が『おもしろい!』と思うことを彼らも同じようにおもしろがることが分かって、感覚的に似通ったところがあることにまず驚きました。今まで抱いていたアフリカ人のイメージとは全く違ったのです。私は、以前からアフリカでの心理学や文化人類学の調査に興味を持っていて、『いつかアフリカなどいわゆる異文化といわれているところで調査したいな』と思っていたところだったので、2人のタンザニア人との出会いはすごくタイミングが良かったんです。それで、もう翌年にはタンザニアへ行ったんですよ(笑)。彼らは英語学校での研修の2ヵ月の後に、修士号を取るためにまた別の所に行って研修するという、いわゆる、タンザニアのエリートだったのです。彼らがアメリカ滞在中も手紙のやり取りをしていたんですが、彼らがタンザニアに帰国するということとタンザニアのナショナルバンクに勤めている人達だという情報を頼りに、翌年、私はタンザニアへ行きました。

----:ずいぶんあやふやな情報ですね(笑)。

川床:そうですね。『彼らに会えれば一番良いけど、会えなくてもとにかく行ってみたい!』ということで行ったんです。一番最初というのは色んな意味ですごく心に残っていますね。まずケニアで少し準備をして、たとえば、現地の文部省に飛び込んで、どんな対応をされるかみたりしました。そうすると手紙が必要だとか言われましてね。『ああそうか、お役所はやっぱり手紙が必要なんだ』と思い、タンザニアに行くまでに手紙を用意しました。そしてタンザニアでも最初は文部省に行ったんです。「手紙」の効果は抜群で、タンザニアの文部省ではいろんな便宜を図ってもらいました。
一方で、当時のタンザニアや東アフリカは飢餓のどん底状態だったんです。たとえば、ビニールの買い物袋がゴミ置き場に捨てられていたりすると、みんなで取り合いの騒ぎになるというくらいに本当に何にもない。「アフリカの飢餓」って言われていたそんな時代だったんです。もう想像を超える貧しさでした。道路は穴だらけ、ホコリだらけ、雨が降れば、たちまち大洪水と、大変な生活状況だったのですが、なんか慣れちゃうと、その猥雑さが心地よくなっちゃって(笑)。
現地の人々は、日本人から見ると、『狡賢いなぁ』と思えるところもあったりするんですが、それらはもう笑えるようなことばかりで、それ以上に彼らのユーモア、人への優しさが思い出として残っています。貧しいなかでも、遠来の客である見ず知らずの私なんかにも本当に親切でした。物がなくてお砂糖なんて、ものすごく貴重なものにもかかわらず、ちょっと田舎なんかに行ったりすると、農家のお嫁さんがチャイにたっぷりお砂糖を入れてもてなしてくれるんです。それはもう感激しました。

川床:もちろん時間にはルーズだし、約束していても「待たされること何時間」みたいなことはたくさんあったんですけど(笑)。ある時、大学に教育心理学の教授を訪ねたのですが、その人がいくら待っても来ないのであきらめて帰ろうかなって思っていたところ、別の社会学系の教授が通りがかりに、『ちょっとおもしろいところに行きませんか』と言うのでついていくと、そこは人々が仕事の帰りにちょっと寄って、地酒を回し飲みする居酒屋でした。さすが社会学の教授、『こういう生活があるんですよ』って感じで人々の生活を垣間見せてくれたのですね。

----:リアルな生活を垣間見られたんですね。

川床:こんな感じで、タンザニアはとても良かったんです。この本(「タンザニアの教育事情」)を書いたのは3度目くらいに行った時ですかね。この時は、実際に小学校で実験的な教育をしてみました。実験や調査をするときにはタンザニアでも許可を取り、お金を払う必要があります。
でも、許可を得たら最後、本当に何でもしてくれるんです。許可がないと全くダメなんですけどね(笑)。許可が取れていると、『ちょっと高校生にも(授業を)やってみたい』なんてちらっと言うと、もうパーッと『じゃあ、ココとココとココがいいでしょう!』って、その場で学校を決めてくれる、そんな感じです。この本にあるような実験をやったのは、初めてタンザニアに行った時から2〜3年後ですかね。当時は毎年のように行っていましたね。
この本を改めて読むと、見るもの、聞くものすべてに興味を持っていたのだなと思います。

----:先生は、子供の頃から何にでも興味を持つようなことが多かったんですか?

川床:そうですね。小さい頃、『何になりたいか』って聞かれた時には、『新聞記者になりたい!』なんて言ってたんですよ。やっぱり何か知らないことを取材する人に憧れていたんでしょうね。とにかく、じっと椅子に座って勉強するのが嫌いで(笑)。だけどフットワークだけは軽いというか。本当に『あっ!』と思ったら出かけられるみたいなところが小さい頃からありましたね。

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  • エスノグラフィーを始めたきっかけ −タンザニアとの出会い−
  • 日本の学校教育への違和感 −言語ゲーム論との出会い−
  • 状況論との遭遇 −共同研究者 上野直樹氏との出会い−
  • フィールドワークの視点 −冷蔵倉庫から海産物の流通空間を読む−
  • フィールドへの溶け込み方 −工場から実験室まで−

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