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UCI(User Centered Innovation)とは、私たちが掲げて実践する、生活者起点で行う意味的価値創造型のイノベーションです。

INTERVIEW「日常生活の再発見  −エスノメソドロジー−」

「日常生活の再発見」千葉大学 西阪 仰教授 文学部/文学博士(専攻はエスノメソドロジー・会話分析) 主な著書:『分散する身体: エスノメソドロジー的相互行為分析の展開』『心と行為: エスノメソドロジーの視点』『相互行為分析という視点: 文化と心の社会学的記述』

本記事の冊子版(PDF)をアップしました 2020.8


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生活者起点で新しい価値の商品/サービスを生み出すには、その日常生活への理解や共感が不可欠です。しかし、そのための方法はというと「現場」「観察」「傾聴」など様々なキーワードが飛び交うものの、暗黙知的な要素が多いのも事実。
『現場を訪問してみた』『たくさんの気づきがあった』けれど、どのように活かしたら良いか悩んでいるという声もよく聴きます。では「私たちの目に見えていることとは違う何か」を理解するためには、どのような知見や態度が求められるのでしょうか。
「エスノメソドロジー」という言葉をご存知ですか。デザイン思考で良く持ち出される「エスノグラフィー」とは異なる社会学のアプローチです。私たちが何気なくできてしまっている「当たり前」の中にある方法論に、どうすれば気づくことができるのか。日本におけるエスノメソドロジーの第一人者である西阪先生にお話をお伺いしました。

1.そもそも「エスノメソドロジー」とは? 「社会の中にはゴミはない」。ある見方からすればみみっちいことをやっているように映るのですけどね。

----:先生が研究していらっしゃる「エスノメソドロジー」とはそもそもどういうものなのでしょうか。

西阪仰氏(以下敬称略):「普通に社会を生きている人たちが社会生活を営むのに用いている方法論があり、その方法論を明らかにしていきましょう」というのがエスノメソドロジーという言葉の意味なんです。一般的に社会学というと、いわゆる社会問題やなにか大きな社会システムみたいなことを考えていくイメージがあるじゃないですか。そんななかでエスノメソドロジーは日常生活がどういうものなのかを考えた時に、日常生活というものが非常にきめ細かく巧みに、かつ精巧に組み立てられている。しかもその組み立て方というのもみんなが好き勝手にやっているのではなくて、ある方法論に基づいて行われているのではないか、ということなんですよね。つまり日常生活で私たちが用いているけれど、普段は気づかれないような形で存在している方法論を明らかにしていこうというものなんです。

----:なぜあえて日常の「方法論」に注目するのでしょうか。

西阪:ガーフィンケルの有名な例えで『従来の社会学というのは、何が屋根を支えているかを見るために壁一つ一つを取り外していくようなものだ』というものがあります。日本と違ってアメリカの家屋は柱がないので屋根を支えているのは壁なんです。だから、その壁を取り外せば屋根(社会)を支えている何か(システム)が見えてくるんじゃないかと思って壁を外していくんだけれど、結局屋根を支えているものは何もなくなってしまう。つまり、普段はどうでも良いように見られているような一つ一つが、実は社会生活を営む上では重要な意味を持っている。だから、奥を探っていくのではなく、手前にある表層的なものをきちっと見るのが大事ということなんです。だから方法論といっても、「社会の深層に隠れている文化のパターン」といったものではなく、私たちが普段使っている非常に表層的な部分にそういう方法というのがあるので、細かいことをどうでも良いことだといって見逃したり捨ててしまうのではなく、その細かいことも様々な違いなどに十分気をつけて見ていき、人々の方法論を明らかにしようといったことをしています。

----:細かいところまでというと、どこまで見ていくのか際限がない気もします。

西阪:だから実際にやっていることは、ある見方からすると非常にみみっちいことをやっているように映るのですけどね(笑)。ただハーヴィ・サックスという会話分析の創始者が、『社会の中にはゴミはない』という言い方をしています。普通だったら『こんなものはゴミだ』といって社会学者が捨ててしまう些細なものでも、実はそれこそが屋根(社会構造)を支えているものであり得るので、きちっと見ていきましょうというのが、エスノメソドロジーのスタンスなんです。

----:エスノメソドロジーと「エスノグラフィー」は混同されることが多いと思うのですが、どのようなところに違いがあるのでしょうか。

西阪:基本的に、自分たちの知らないところに行って新しい情報を得てくるというのがエスノグラフィーだと思います。一方でエスノメソドロジーは、エスノグラフィーが前提としているようなことを考えようとしています。例えば、エスノグラファーたちが『この人たちは、自分たちとこういうふうに違うんだ』ということを見出すときに、その違いというのがそもそもどうして違いとして認識可能になっているのかとか。そもそもそういう生活を成り立たしめている、私たちもしくは彼らが持っているメソドロジー(方法論)は何なのか、というようなことを対象としています。そういう意味ではエスノグラフィーが、何が事実かということを集めてくる一つの手法であるとした時に、エスノメソドロジーはその事実がどのようにして事実として成立しているのかということを見ていくものだと思います。
ただ、エスノメソドロジーとエスノグラフィーとは、その場でしか分からない個別のことを丹念に見ていくという点で親和性もあるんですけど。

----:先生がエスノメソドロジーに注目された経緯を教えてください。

西阪:私が大学院に入った頃に、私よりも1、2歳上の方たち、例えばいま埼玉大学にいらっしゃる山崎敬一さんや、日本大学にいらっしゃる好井裕明さん、松山大学にいらっしゃる山田富秋さんという人たちがエスノメソドロジーに関心を持ち始めていて、あまたあるアプローチの中の一つとして出会うことができました。その時は、日本ではまだ珍しいものではあったんですけど。一方で、私はもともとどちらかというと社会理論みたいなことにずっと関心があって、その時に注目されていたドイツの、ユルゲン・ハーバーマスやニクラス・ルーマンといった人たちの議論について勉強をしていたんです。
そこでは、コミュニケーションというのが一つのキーワードだったんです。ハーバーマスはその後「コミュニケーション的行為の理論」という本を書きましたし、ニクラス・ルーマンは自らのシステム論においてコミュニケーションをシステムの要素とみなしていました。コミュニケーションをシステムの要素と考えることによって、社会システムということの考え方がかなりガラッと変わるような議論を展開していたんです。そういうところでコミュニケーションを考えるにあたって、会話分析とかエスノメソドロジーにも関心を持ってはいたんです。で、理論のための材料を得ようと思ってエスノメソドロジーや会話分析を学んでいるうちに、気がついたらそれが専門になっていった、という感じでしょうか(笑)。

----:理論というと具体的なことを抽象化していくというイメージがあるのですが。

西阪:コミュニケーションを考えるにあたって、抽象的な理論の肉付けとして具体的なことを考えたいというのもあったのですが、ただ話はもう少し複雑なんです。具体的なものを十分な抽象度をもって使うためには、本当に具体的にならなきゃいけないという面もあるんです。社会を、本当に十分な抽象度や一般性をもって語るためには、「ゴミ」のような些末なことがらを全部拾い集めて、その一つ一つをつぶさに見るぐらいの具体性を持たなければいけないと思うんです。だからそういう意味では一般性とか抽象性とかをすべて捨て去ったというわけでもなかったんです。少なくとも当時の自覚としてはね。

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