01-2.デザイン思考が近年の日本で注目されている背景

  1. そもそも「デザイン思考」とは?
  2. デザイン思考が近年の日本で注目されている背景
  3. デザイン思考の“作法”について
  4. デザイン思考の実現の難しさと課題
  5. 今後の展望

ユーザーを知る自前の“センサー”が必要になってきているのだと思います。

ー最近、企業のデザイナーの方や開発担当の方から、『部署を越えて一緒にプロジェクトをしないといけないと思う』という話をよく聞きます。いろんな会社で組織内の専門家を交えて何かを生み出すという動きが起きていると思うのですが、特に最近、日本においてそういう動きが注目をされているのはなぜでしょうか。

櫛勝彦氏(以下敬称略):僕も素材メーカーの人と一緒に産学連携プロジェクトをやったりするのですが、素材を作っているのであって最終製品ではないので、『デザイナーはいらないよね』とか『マーケッターはいらないよね』ということになりがちです。でも、結局何を目的に素材を作るのかとなると、これまでは、製造メーカーから聞いた話で開発をしていくのでも良かったけれど、『どうも製造メーカーの話だけを聞いていてもダメだ』というふうになってきていて、逆に『製造メーカーをリードした素材開発をしないといけない』というふうになってきています。


そういったときに、『自分たちで“センサー”を身につけていかないといけない』とか、『僕らの素材はこんなふうに扱える、こう活用できるという提案力がないといけない』みたいな動きが出てきています。ずっと同じことをしていてもダメで、実際の使用場面を意識しながら考えたり、研究の方向性を決める必要性があるのではないか、という意識に変わってきているように思いますね。

もともと電気業界や自動車メーカーは、ユーザーと近いところで開発されてきたとは思いますが、意外と競合他社の動きに対する対抗としての製品開発みたいなものも多かったわけです。これは非常に反省をしないといけないのですが、最終製品を作っている会社のデザイナーがユーザーを知らないということが多かったんです。私もインハウスでデザイナーをしていた時は、かなり個人的な努力をしないと実際のユーザーにたどりつけませんでした。そういう意味では、これまでのモノを作れば売れた時代から成熟した経済状況になってきたときに、おそらく自前のセンサーといったものがいろんなレベルの会社において必要になってきているのではないかと思います。

ー最近、相談される内容や協力を依頼してくる業種に変化はありましたか?

櫛:最終的なインタフェースだとかUIを含めた限られた範囲のデザインを依頼されることはもともとありましたが、一緒に仕事をさせていただくと『仕事の範囲ってもっと広いものだったんだな』と気付いていただくことがあります。それを繰り返していくと、『フィールドワークからニーズを掴むところからやってもらいたい』というふうに変化する動きも出てきているように思います。

今はだいぶ増えてきていると思いますけど、UI自体も専門家を社内に抱えている会社は少なかったですからね。そういうところは大学に期待されていた部分があったんでしょうけど。でも、実際のUIはアイコンとか画面レイアウトだけの問題じゃないし、ボタンの操作性だけの問題じゃない。その背景にあるのは、やっぱりユーザーのニーズの問題ということを訴えてきた、というのはあります。

ーアメリカと注目される時期がズレているのはなぜなのでしょうか。

櫛:アメリカは製造業がダメになったのがだいぶ早かったので、いわゆるサービスやソフトウェアのほうに、産業が収益化できる部分の中心がずれていきましたよね。そうなると結局、『どういうふうに使い勝手が良いか』とか、『どういう経験価値が必要なのか』みたいな議論が自然に出てきます。だから、アメリカの方が先行しているでしょうね。


日本の製造業はアメリカに比べると、まだモノ作りといったところでがんばれたというのもあるので、社会に対するユーザーの意識の変化だったりニーズの変化みたいなものにそんなに敏感になれていなかったのかもしれないですね。それと、いわゆるネットワーク上でのサービスは、発祥地であるアメリカが非常に強いし、いろんなアイデアが出てきます。


また、大きな工場を動かさなくてもビジネスが始まるというのは、アメリカの個人主義の力や、起業精神などと相まって大きくなっていったんだと思います。でも日本のように製造業が強いと、どうしても基本的には会社がないと物事が進まないことが前提になってしまいます。そうするとなかなかクリエイティビティは育っていかなかった、といったところがあるのではないでしょうか。

ー90年代にIDEOが日本であまりうまくいかなかったのはなぜだと思いますか。

櫛:それは日本の企業が IDEOに対して、いわゆる狭い意味でのデザイン会社のパフォーマンスを求めていたからだと思います。IDEOが提案する内容は、会社をひっくり返すようなことをやらないといけないんですよ。いろんな部門をくっつけないといけなかったりだとか。そういうのは(当時は)できなかったんだと思います。一事業部の仕事としてやってもらいたいんだ、という時に、IDEOが提案するものはヒットしないですよね。今はどの企業も『それじゃあ駄目なんだ』と自分たちで気付いているけれど、90年代にIDEOがやっていたことに対して、きちんと対応できる日本の会社はそんなになかったのかもしれないなぁと思います。

ーそういう意味では、近年は良くも悪くも受け入れられる状況が整ってきているし、核になる部分に対する理解もある程度進んでいるということですよね。

櫛:意識は高まってきていると思いますが、まだ経験が足りないと思いますよね。やってみるとけっこう面倒じゃないですか。組織をまたがるようなメンバーを集めるだとか、フィールドワークに行くためのネゴシエーションだとか。外部の専門家に任せたら楽だな、となりますよね。自分たちの組織が蓄えてきた知恵がなかなか役立たないというところで、今は停滞気味というか、ちょっと手詰まりみたいなところはあると思います。だから、どうしても僕らみたいな第三者が手伝うということは必要にはなると思いますけど。

ー確かに実際やってみるとなると難しいところはありますよね。予算はどうしたらいいかとか、出張申請はどこに出せばいいのかとか…。現場はそんなに後ろ向きじゃないんですけど、制度的にいろいろと難しいところはありますよね。

櫛:そうなんですよ。そういう中間領域の話になってきますよね。日本の会社は、予算の考え方が非常にリジット(厳格)なものなので。アメリカは、だいぶ成果の見えにくいフィールドワークのようなものにも予算を取っていると思いますけどね。

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